山口で男児(2歳)が行方不明となり、全国的に心配していましたが、

今朝7時ごろ見つかって本当によかったですね。

題しまして、『山口男児発見のボランティア男性がすごい!名前や経歴や画像も!』です!

助けたおじさんについてまとめていきますね!

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おじさんの名前:尾畠春夫さん
捜索ボランティアとして活動!

山口男児発見のボランティア男性がすごい!
なんと20分で男児を発見したそうです!

あれだけの人が入って捜索して見つからなかったのに
やはりこういった経験豊富な人が必要ですよね。
飛行機じゃないんだなって実感しました。

◎森と友達のようなこの尾畠春夫さんには、話している最中にトンボも止まるようです!^^

見つけたら家族に絶対お子さんを手渡すと約束した尾畠春夫さん!
本当に泣けてきますよね。感動です!

経歴や職業>

・大分県別府市で66歳まで鮮魚店を営んでいたそうです。

・40歳で登山を始め、58歳で北アルプス55山を単独縦走したそうです。

・尾畠さんはその頃から、ボランティアで由布岳の登山道の整備を始めている。
月に7~8回、30~40キロの材料を担いで登り、崩れかかった登山道の整備をしたり、
案内板を設置したりしたという。

・徒歩で日本列島を縦断
66歳で尾畠さんは鮮魚店を引退後、鹿児島県の佐多岬から北海道の宗谷岬まで
日本列島を徒歩で横断する旅に出た。

2006年の4月1日に出発、7月1日に全行程3250キロを歩き、尾畠さんは無事ゴールを遂げている。
毎日、朝夕に孫の声を電話で聞くことを励みにしていたという。

このチャレンジについて、尾畠さんは朝日新聞の取材に
「生まれた日本を縦に歩いてみたかったのと、
体力がどのくらい持つのか、動機は単純じゃ」と語っているそうです。

・ゴール後、同級生たちに祝福された尾畠さんは
「目標を持ってやれば、出来るものだ」と笑顔だったです。(朝日新聞2006年07月09日)

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東日本大震災・南三陸町でボランティアの「師匠」と呼ばれる
2011年の東日本大震災では、3月から宮城県南三陸町でボランティアとして活動していた。
町から依頼され、被災地で、人々が大切にしていた物を拾い集める「思い出探し隊」の隊長を務めた。

・2004年の新潟県中越地震の被災地でもボランティア活動に参加していた尾畠さん、
若いボランティアからは「師匠」と呼ばれていたそうです。

・その後も大分と車で往復しながら計500日間支援に当たったという素晴らしい方ですね。
(朝日新聞2011年04月27日)

・熊本地震でもボランティアに参加
熊本地震では、熊本県益城町でボランティア活動をされていたそうです。
既にこの時には「ボランティア歴25年」になっていた。

・町が設置したボランティアセンターに「スコップやヘルメットがもっと必要」
などと用具などについて助言。職員が「私たちにも初めての経験。言われて
気付いたことがたくさんあって助かります」と話していたことが報じられている。
(朝日新聞2016年04月25日)引用:ハフポスト編集部

本当にボランティアの神というかレジェンドですね!


おじいさんも感動

おじいさんも悪いとは言えませんが、事の発端となってしまったのでたいへんでしたね。
こんな田舎でどこかいくのかな?と私も思っていましたが、
子供ってどこかに行ってしまうもんなんですね。

私も子供いますが、2歳ごろって色々興味あって、目が離せないときなんですよね。
おじいさんもまさかいなくなるとは、思ってなかったんでしょう。
本当に見つかってよかったですね。

まとめ

『山口男児発見のボランティア男性がすごい!名前や経歴や画像も!』はいかがでしたか?

あちこちで、ボランティア活動されているすごいボランティアの経歴をおもちでしたね。

以前は鮮魚店のご主人だったんですね。

こんなスーパーボランディアのレジェンドになるとはみんな思ってなかったかもしれませんね。

今から想像つきませんが、66歳からリタイヤして、ボランティアや日本縦断されるなど
晩年にすごく精力的に活動されていますね。

私たちも晩年ボランティアに取り組むきっかけになる指針となってくれそうです。

やはりいくつになっても人の役に立てることが人として幸せなのかもしれませんね!

年齢に負けず私たちも頑張る勇気をもらいましたね!

最後までお読みいただきありがとうございました!

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